作品は誰のもの?

これを契機にいまさら少し気がついたことがあります。
それは、
作品というものは、発表された時点で作者の占有物ではなくなる性質を持っている
ということ。
特にこれからは、その傾向が強くなります。
業界は、デジタル化されて、より発信者(実はオリジナルの発信者ではなく仕組みとしての発信者)だけが複製可能な機構を組み込むことに必死です。
でもきっとそれはナンセンス。
今後、作品はよりフラグメント化されていくことでしょう。
そのフラグメントを任意に編集して再リリースを行う。
そうして生まれた作品同士がまた次世代の作品を生み出す元となる。
そういう世界がすでにきている。
追いついていないのは、いまだ過半数であろう人の意識と仕組み。
オリジナルの権利を認めないとオリジナルを生み出す人は馬鹿馬鹿しくなって発信しなくなる、なんて話もありますが、んなこたぁない。
これからまだまだGNPをたたき出すのに必要な人数は減り、人は余っていくことでしょう。
その中に幾%かの暇人が生み出していってくれますよ。
そこから生まれるコンテンツ創出の循環構造がプロシューマー構造ってやつなのでは?
でもきっと交通整理をすることは必要。
交通整理をする役割はどこが握るのか。