創作に駆り立てる力

長身で天パの友人が
彼によく似たキャラクターが主役の某有名アニメがハリウッドで映画化されるニュースに対し
某二重あごの赤い彗星※のようになってしまうことを危惧していたことへの賢い友人のコメントが素敵すぎた。
SNS内なのだけど、友人の許可が取れれば、ここに引用したいほど。


※ちなみに、自分の仲間内ではあのPS草創期の伝説のソフトは「デブシャア」と呼ばれている。一応補足しておくと、オーディションの時には彼はその役柄の人物同様端正な顔立ちだったのが、いざ収録の段階にはあのようになってしまったのだとか




例えば奇麗な星空や美しい女性などを見た人間は、それを自らの力で写し取ろう、とする。
だけど、その写し取ったものは、どこまで行っても本物そのものではなく(端的には、同じ場所に二つの物は同時に存在することができない、という物理的制約に始まり、、、)
作品がその作品を見た人にインパクトを与えるような場合、それは、その作品が本物を上手に真似していること以上のなにかしらを生み出しているということなのだと改めて思う。


なにかを真似するのが悪い、という話ではなくて、偏愛している対象のコスプレをする時、その姿には、なにかそのレイヤーの情念みたいなものが現出するので、見る人は唸るし、萌える、のだと思うということ。


だから、場合によっては真似してもいいけど、センスのいい真似手が真似したものは、場合によっては、本物を超える感動を受け手に与えうるし、その逆に、多大なリソースを費やしただけの見るに耐えないデッドコピーがまた一つそこら辺に転がる結果が待っていることもある。