クビにならない日本語

クビにならない日本語 成果を出さずに平和に暮らす! 究極のコミュニケーション・テクニック
これ以上カテゴリを増やすのもわけわからなくなるし、「新しい」と言う原義に従うなら外れてはいないし、ある意味小説かもしれず、もしかしたら小説だと言われて作家氏も本望かも知れないので一応このカテゴリで。


「あなたの反抗期の思い出を教えてください」と言われて、
中学受験の前に、防府菅原道真の御霊を祀る神社に初詣に行った際、
家族で祭壇に上がって祈祷してもらうとご利益が、、、という家族に向って


祈祷してもらうことと合格の為の自分の努力とは無関係でそんなことに金を払うことが許せないし、不愉快だ


と自分でも筋が通っているんだから通っていないんだか、小賢しく生意気なのか、偏屈さなのか、
なんだかわからないこと(もちろんもっと稚拙な小学生ならではの表現だったに違いないのだけど)を言って
家族が祭壇に上がっている間、一人境内で不愉快な気分を沈めながら心細く待っていた


というようなエピソードぐらいしか思い浮かばない人間にとって、
自分の心の奥底から呼ぶ声に耳を澄ますことこそがとてつもなく重要だと思えるのだけど、
この本ではそうした熱情の取り扱い方によって大火傷をしない方法が書かれている。
(初手から、火傷を避ける生き方こそが後の大火傷を招くようにも思うので、ある程度痛い目に遭った人が読まないと世の中を非常にまずい方向に持って行くことになりかねない、とも思う)


結局、仕事はしょせん仕事なのでいわゆるビジネスライクに熱情をそそがずにお互いに淡々とやりましょうやということではあるのだけど、とかくこの世は仕事で自己実現をしたがる人ばかりだ。
(それが資本主義の世の中だ、ということなのだろう、なんて思うので、それはそう悪いことだとも思わない。まだこんなところなのだ社会のステージは今。)


読んだあと、
プロセスの自由を制限して結果の自由を獲得するのか
プロセスで自由に振る舞って結果を不自由にしてしまうのか
その二択を強く迫られる感じが大きかった。


でも、この中のいくつかはぜひお試しいただきたい、と思う人も幾人も頭に思い浮かぶ。
あまり世の中に流通しない類のロジックなので、一読してみてもよいのでは。